愛しき人へ 2

小説

小説「愛しき人へ」の続きです。 ホテルでの会話シーンでは、グローバーワシントンJr.(Grover Washington Jr. )のアルバム 「Winelight」から「Just the two of us」をお聞きください。

クリスマス間近、部屋の電気を消し、キャンドルをともして、Grover Washington Jr. のサックスとビル・ウィザーズの甘いヴォーカルを聞いてみてください。昔の恋が思い出されるのではないでしょうか。

それでは、「愛しき人へ」 2 をお楽しみください。最後に置いた今週の大きな字の読み物もお年寄りの方々にご活用くださいね。

愛しき人へ 2
Grover Washington Jr. Winelight
Grover Washington Jr. "Just the Two Of Us" Winelight (1980) HQ

(愛しい人 1よりつづく)

「別に壊れてなんかいないよ。僕だって君との結婚をずっと考えていたよ。ただ、僕の仕事がもう少しはっきりするまでと思ってた。そして、今がその時だと思っている。いきなりLA住まいで苦労するだろうけど、ついてきて欲しい。それを言うために今日ここに来た。ずいぶん待たせてしまったことで、君に不安な時間を過ごさせてしまったかもしれないけれど、やっと君を迎えられるだけの環境が整った。少しして戻ってくるよ。そして式をあげよう。どうだい?」

僕はこの思いを告げるために彼女との夜を準備した。ただ、もっといろいろな話しをした後でプロポーズをするつもりでいたところ、彼女からの思いもしない言葉により、つい、この結論から話すことになってしまった。

彼女の視線は僕を確実にとらえていたが、僕の体を突き抜け、後ろにある大きな窓に映された都会の灯りを眺めているような冷たくぼんやりとした眼差しに変わっていた。僕はベッドわきのテーブルについているシルバーのボタンを回し、部屋全体を照らしていたライトを落とした。部屋は一瞬にして暗くなった。

窓の外から注ぎ込まれる都会の灯だけが唯一の光だった。

「なぜ今になってそんなこと言うの? もう遅いの。私には仕事があるのよ。一年先までスケジュールがいっぱい。今度ドラマをやることも知ってるでしょ。二年前の私じゃないのよ。それに、、、」

「それに?」

「ううん。なんでもない。とにかく動き始めてしまったの。この空白の二年で、私の人生とあなたの人生が別々にね。今になって仕事か、恋かの選択をしろっていうこと?」

「今入っている仕事がすべて終わるの一年先だったら、それでもいい。いや、もっと先まで続けててもいい。勝手なプロポーズだってことは認める。けれど君と一緒に歩いていきたい。これから一生。」

「できないわ。あなたについて行くことは、もうできないの」

ワインを飲みすぎたためだろうか。あるいは、彼女の言葉に動揺したためだろうか、部屋の空気が異常な圧迫感を僕に与え、息が苦しくなってきた。ワインのボトルの周りには白い水滴がちりばめられ、そのいくつかが繋がりあいガラスのテーブルの上の水たまりに流れ込んでいる。僕は立ち上がって大きな窓の上にある横に広がった手押し窓を押して開けた。

地上25階の空気が、眼下に広がる都会の喧騒とともに部屋に流れ込んできた。

「じゃ、これば僕たちの最後の夜になってしまうというのかい? 長い長い終着点が今ここ、っていうこと?」

「そうかもしれない」

「仕事をとるんだね」

「、、、、、、」

「僕は君の夢に負けたのかもしれない」

「誤解しないでね。私はあなたを愛している。世界で一番あなたが好きよ。本当は仕事なんか失ってもいいと思っている。でも、あなたについて行くことはできない。これ以上あなたとは一緒にいられない。いてはいけないの。あなたには、もっと素敵な彼女がすぐにみつかるわ。そうしたら私なんか、いらなくなる。」

「どうして自分でそんなことを決めつけるんだい? 僕は君を愛している。君も僕を愛している。それなら別れる必要はないじゃないか。仕事は今のペースでやってもかまわない。当分別居になってもいい。どうして別れなければいけないんだい?、、、、、、どうして?」

「ごめんなさい。もうこれ以上話したくないの。もうやめましょ、こんな話し。もう愛してるなんて言わないで。そして、黙って私にあなたとの最後の夜を楽しませて。ね。お願い」

彼女の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

僕は何も言うまいと思った。彼女を失うことは怖かった。けれど、これ以上彼女を苦しませて、傷つけることのほうが、もっと残酷なことのように感じ始めていた。彼女は無理をして別れを選択しようとしている。理由は良くわからないが、これは、すべてタイミングなんだ。逆らうことのできない運命の大きな流れなんだ。二人ともその流れに流されている。そして、その流れはいくつかの支流に分かれている。と、自分に言い聞かせるしかなかった。

すべての恋愛は微妙に人の運命に結びついている。運命を変えるような恋もあれば、運命に振り向かれないような恋もある。それらすべては、人々の人生の中で時間という軸に沿うように動いている。何人もの運命の糸が時間軸の回りを近づいたり、離れたりしながら進んでいる。恋人たちの糸が接近していることは、神にしかわからず、時としてタイミングの狂いによってすべてが変わってしまう。神の配慮ある手によってたぐりよせられた二本の糸が離れないうちに決断をすべきだったり、たぐりよせるまで決断を待たなければならなかったり、すべては、そのタイミングが左右する。僕たちはそのタイミングを間違えたに違いない。僕はそう思うことでなんとか冷静さを保つ努力をした。

夜は更けていった。窓からは相変わらず眠らない都会の声が聞こえていた。僕と彼女は暗い部屋の中の小さなベッドの上でただ天井を眺めていた。ほとんどなにも話さず、しかし長い夜を静かに天井をみつめていた。僕はむしょうに彼女を抱きしめたかったが、そのあまりに寂しい結末が怖くて触れることさえできなかった。頭の中にある彼女との思い出をひとつひとつ涙に変えていった。彼女の頬からも一晩中涙が消えなかったようだ。

夜明け頃、僕は眠りについた。目を覚ました時、すでに彼女の姿はなかった。

愛しい人へ 3 へつづく

下のPDFは、介護中、入院中のお年寄りの方が楽に読めるように大きな字の読み物です。昔、本を読んでいたお年寄りの方々も、普通に本を読むのは難しくなってきていると思います。この大きよな字の読み物がリハビリの一環になるといいなと思っています。

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