ずいぶん時間がたってしまいました。前回、コロナにお気をつけをと書きましたが、なんと、我が家にコロナが来てしまいました。母が週に一回デイケアセンターに運動に行っているのですが、そこの施設で集団感染があって、職員含め40人が感染したということです。連絡が来る前から熱がでていたので、検査に行ったら陽性ということになりました。私も検査をして陰性でした。母を自宅の一室に隔離して、ドアの前に食事を運ぶなど隔離生活が始まりました。いつ、重症化するかわからないので心配なのと、自分もうつらないようにすることに結構気をつかうので、緊張と疲れの毎日です。やっぱりコロナは怖いですね。患者さん、患者さんの家族はもちろんのこと、医療関係の人が毎日緊張の連続ということが良くわかりました。あまり、経験したくないですが経験しないとわからないことってありますね。テレビ見ても、そうそう、とか、そうじゃないけどな、とか病人側からのコメントがたくさんあります。
今回は、マシュマロ君シリーズ「手紙」の後編です。音楽は、いきものがかりの「ありがとう」です。この曲は、本当に好きな曲で、いろいろな映像シーンに合う曲だなって思います。
ちなみに、「手紙」の前編で多々間違いがありました。(お恥ずかしい)訂正しました。
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「ここで、読んでいいかな?」立木さんは私に聞いた。
「もちろん! ゆっくり読んでください」
立木さんは、封筒を丁寧に開けて数枚の便箋をとりだした。ほのかに桜の香りがしたような気がする。
『立木祐輔様
お元気ですか。
ずっと騙していて、ごめんなさいね。
でも、あなたは、もしかしたら、気づいていたのでしょうか。
私は、真理恵の祖母です。あなたが高校の頃、何度かお会いしましたよね。若い子のふりをしたおばあちゃんと文通なんかさせてしまって、本当に申し訳けないと思っています。
真理恵の姉、真澄は、あなたや真理恵と別の学校だったとはいえ、あなたと同学年だったし、真理恵が真澄の話しをしていたかもしれないので、最初は、すぐに姉の名前は美恵子じゃないって嘘がわかってしまうかなと思ってドキドキしていました。あなたから毎回、普通にお返事を頂き、嘘がばれていないことで、だんだんと言い出せなくなってしまっていました。悪いことをしているという自覚はあったのですが、文通をするたびに、あなたが心配になっていったのです。あなたは、自らを孤独の殻に閉じ込めようとしていたでしょ。なので、ほっておけなくなっていったのです。おばあちゃんじゃ、何の助けにもならないけど、真澄の名前だったので、少しは効果あったかしら。
最初にあなたに真澄の名前で手紙を送った時、その一か月前に真澄が亡くなりました。真理恵を事故で亡くし、今度は 真澄を病気で失いました。若い孫二人が私より早く去っていくなんて、神様はなんて罰を私に課すのだろうと恨みました。
真澄のお葬式が終わって整理をしていたら、真澄の部屋で出していない手紙をたくさんみつけました。それが、あなた宛ての手紙だったんです。真澄は、たまに家に来るあなたに恋をしていたようなのです。それで、あなた宛てに日記のような手紙を書いて封筒に入れて、でも、あなたに渡すことはなく、箱に入れてしまっていたのです。文面から察するに、妹の真理恵に気を使っていたんでしょうね。手紙は、日々あった事、感じたこと、そしてあなたへの淡い恋心を綴っていました。真澄は、真理恵と違って昔から体が弱く、真理恵のように積極的に人と接する子ではありませんでした。学校が終わるとすぐに帰ってきて、家の手伝いをしたり、一人で本を読んだりしている子供でした。高校の時に、私の息子、真澄の父がお母さんとの関係が悪くなり、最終的に離婚して、お母さんが家から出て行ってしまいました。そんな、ごたごたした家の中で彼女は大切な思春期を過ごして、友達と出かけたり、旅行に行ったり、恋愛をしたりすることなく、数年前に病気が悪化して他界してしまいました。まだ、人生のスタートをきったばかりで、これから人生を楽しむというやさきです。その真澄が恋をしていたということがわかって、すごくうれしかった。ただ、一方で、その気持ちを伝えさせてあげたかった、いや、伝えられなくても、あなたに手紙を出さしてあげたかった。そんな気持ちがしだいに強くなり、私が真澄の代わりに手紙を出してみようと思った次第です。
一通だけだして、真澄の想いを伝えようと思ったのですが、最初の手紙で想いを伝えるなんて無理でした。なので、たわいもない話ししかかけませんでした。だから、最初一通だけと思って出した手紙が、想いを伝えられないまま数年続いてしまいました。あなたを騙しているという後ろめたい気持ちを持ちながらの手紙でした。でも、あなたの返事がなんともやさしく、そして徐々にあなたの苦しみも伝わってきて、こんなに長く騙す結果になってしまいました。あなたが会いに来たいという事を書いて来た時は困りました。結婚しているからあなたには会えないと伝えましたが、手紙の中とはいえ、あなたのことが好きな真澄を別な人と結婚させるという状況を作り出してしまったことに、真澄にも申し訳けないと思っていました。本当にすみませんでした。
でも、楽しかった。あなたからの返事が来るのがとても楽しみでした。』
ここまで、読んで祐輔は顔をあげた。目の前で森山さんが
じっと見つめている。森山さんは、きれいな大きな目をしている。真理恵もこんな目をしていたな、と思い出した。
「ごめんなさい。一人で読んじゃってて」
「全然、いいですよ。ゆっくり読んでください。私達の間にミーコおばあちゃんがいるみたいな感じがしています」
「これ、森山さんも読んで。森山さんがいつも届けてくれてた恵美子さんの最後の手紙だから」といって、立木さんは、読んだ分の手紙を渡してくれた。そこには、いつものミーコおばあちゃんの字があった。お亡くなりになって身体は消えちゃったけど、字を通して精神は生きている。そんな感じがした。立木さんは、ブラディーマリーを飲んで、続きを読み始めた。
『祐輔さん、あなたのお父さんとお母さんの関係は、私にはわからないけれど、そんなに悩んだり、考えたりしないで。人は、それぞれ別々なのよ。でも、なんとなくつながってるのよ。それで、いいんじゃないかしら。それに、二人の間には、あなたがいて、それぞれが、あなたを愛していると思う。
あなたは、人との関係を怖がって、静かに自分の殻の中で生きているけれど、もっと積極的に、自分勝手に生きていいのよ。私なんかが、あなたに言うことではないけれども、真澄に同じことを言ってあげていれば良かったって、ずっと後悔しているの。なので、失礼とは思うけど、言わせてください。
あなたは、あなたの道を好きなように生きてください。
あとひとつ、伝えなければいけないことがあります。
私は、学校をでてすぐに、若くして結婚しました。夫は当時、銀行員をしていたのですが、昔からの夢だった喫茶店を開きたいということで、銀行を辞め、東京の神田に喫茶店を開いたんです。店の中心に二メートル四方かな、床が無い場所を作って、その地面に背の高いレモンの樹を植えました。
喫茶店の真ん中にレモンの樹が生えている洒落た喫茶店ということで、お客さんも徐々に増えていきました。
夫との間に男の子が生まれ、夫は子供を溺愛し、三人で幸せな生活をしていましたが、ある日、私が病院に行って目を外している隙に、子供が階段から落ちてしまって、顔に大きな怪我を負ってしましました。あの時、手さえ離さないで握っていれば、と激しく後悔しました。その事件から、夫との関係がぎくしゃくしていきました。夫は、子供の顔に一生残る傷を残したことがとてもショックだったのでしょう、私の一つ一つの行動が気に入らなくなっていき、私が子供の面倒を見ることも毛嫌いするようになっていきました。最初は、私も責任を感じていましたが、だんだんと、そんな生活が苦しくなっていきました。家庭の中も、会話もなく、ただ、淡々と生活が進んでいくような状況でした。
あの人に出会ったのは、その頃です。私は、子供の幼稚園で知り合った一人の先生に恋をしました。彼は、やさしく、笑うことの少なくなった私に、心から笑ったり、樹木や海の匂いや感じることを思い出させてくれました。もちろん、彼は、私に夫がいることを知っていましたので、すこし出かけて散歩してお話しするくらいの関係でした。ただ、私が彼をどんどん愛するようになるのと同様に、彼の私への愛情も高まっていき、彼は、すごく悩むようになりました。夫から私を奪いたいという欲望と、私の夫に対して申し訳けないという気持ちの間で、かなり胸を痛めていたように思えます。結果として、私達は、別れることを決断しました。私は、もちろん、彼のもとに走っていきたいという気持ちは強くありましたが、現在よりも不倫という事が一般的ではなかった時代だったこともあって、彼の仕事や将来のことや私の子供のことを考えて、別れを選択しました。彼は、最初、別れることには反対で、なかなか別れを受け入れることができませんでした。でも、最後には私の決断に合わせ、別れることを受け入れてくれました。あの時の肩を落とした彼の背中をまだ覚えています。
それで、別れる前、最後の日として私達は最後のデートをしました。最後のデートをしながら、私の中で、また、踏ん切りのつかない心がでてきてしまいました。私は何を考えたのでしょう、踏ん切りをするための儀式として、私から彼に最後のお願いをして一度だけ“二人が一つになる”時間をもたせてもらいました。一瞬の幸せでした。そして私達は別れました。
別れて一か月して、生理がきませんでした。もう少し待ってもきませんでした。病院に行って子供ができたことを知りました。ショックでもあり、ただ、少し嬉しかったことを覚えています。彼にすぐ伝えて、彼のもとに行きたいという思いがありましたが、彼に、私が計画的に最後の儀式をお願いしたと思われるのが嫌でしたし、踏ん切りをつけた儀式で懐妊したのだから、私が責任をとる、という変な心の高ぶりがあり、彼には何も伝えませんでした。あたりまえですが、そこからが大変でした。夫には正直に話し離婚させてもらうことにしましたが、息子は、もちろん、夫は手放さず、夫が引き取りました。そして、私は、家を出て実家に戻りました。途中、私と夫が幸せの中で開いた喫茶店の前を通りました。窓ガラスの向こうにレモンの樹が見えましたが、涙でゆがんでいたことを覚えています。
実家に戻って、季節が変わり彼の子を産みました。男の子でした。真澄と真理恵の父です。女手ひとつで子育てをしたことは苦労でしたけど、私の晩年は、子供と孫と、幸せな家庭を持つことができました。
ある時、真理恵が高校に入って、野球部のマネージャーになり、友達を連れて家にやってきました。それが、あなたです。
あなたの顔を見てびっくりしました。野球の練習で真っ黒に日にやけたあなたの顔は、若い日の彼の面影そのままだったからです。真理恵にあなたを紹介されて、あなたが立木さんという名前だということを聞いて、また、驚きました。
彼の名前も立木だったんです。あなたは、私の愛した立木さんの孫なのかもしれない、という疑問が日に日に大きくなっていきました。ある時、あなたと話しをしている時に、あなたのおじいさんは、昔、神田付近で幼稚園の先生をしていたということを聞きました。それで、私は確信しました。あなたは、確かに立木さんのお孫さんだったんです。
私と別れた後、数年して、結婚して女の子が生まれて、それがあなたのお母さんだということを知りました。祐輔さんは、私が愛した立木さんの孫だったんです。世の中狭いですね。その祐輔さんを、立木さんと血のつながりのある、もう一人の孫の真理恵が友達になり、もう一人の孫の真澄が恋こがれていたんです。真理恵があなたを連れて家に遊びに来ることが、私にとっては、すごく楽しみでした。真理恵の事故で、同時にあなたも失ってしまったような感覚でした。真澄のふりをして手紙を出したのは、あなたの後ろにいる、あなたのおじい様への強い気持ちがあったからかもしれません。言い訳けばかりでごめんなさいね。
ただ、手紙を書きながら、あなたが、私の孫のようにも、
私の愛した立木さんのようにも感じておりました。
人生の中で、このような人と人のつながりが良いのか悪いのか、、人は悪いというかもしれませんが、私には、それぞれの縁やそれから発する見えない線は、大変愛おしく、大切な生きた証だと思っています。
祐輔さん、本当にごめんなさいね。そして、ありがとうございました。迷ったけど、すべて伝えておいたほうが良いかなと思って、この手紙を書きました。
まっすぐ、自分の道を歩いてください。そして、一人ではなく、愛する人と歩き始めてください。
追伸 手紙を運んでくれているミコちゃん、とってもかわいらしいでしょ。これから仲良くしてあげてね
立木さんへ
山口 美恵子 』
その長い手紙を一気に読んだ。
なんでろう。すごく重い内容で美恵子さんの大変な人生を書いているけど、読んだあと、なんともいえない清涼感がある。何か卵の殻を割って外に出てきた感じがする。美恵子さんが、僕に何かをくれたんだと思う。
「立木さん、、」
手紙を読み終わって一点をみつめている立木さんに声をかけた。少し笑ったようにも感じた。
「あ、ごめん。今、読み終わりました。もう一杯、オーダーしていいかな。森山さんも、まだ飲める?」
「はい。是非! なんか、いいこと書いてありました?」
「うーん、いいことかどうかわからないけど、美恵子さんの
人生の一部分を感じることができたかな。はい。森山さんも続き読んでみて」
立木さんは、手紙の続きを私に渡すと、エマおばさんを呼んで追加のブラッディーマリーをオーダーした。
私は、すぐには手紙を読まずに、庭の外をながめている立木さんの横顔を見つめた。この手紙を読んだら、私の使命が終わる。そうしたら、もう立木さんには会えないような気がして少し寂しくなった。何の意味もなく、かばんの中をゴソゴソと探った。
エマおばさんが追加のブラッディーマリーとおつまみに オイルサーディンとオリーブを運んできた。エマおばさんは今度は、何も言わずに、それらを笑顔でテーブルに載せると静かに戻っていった。
私は、続きを読み始める。
一気に読み終えるとすぐ、立木さんにことわって、トイレに行った。
鏡の中に、私の顔がある。ずーっと、付き合っている私の顔。酔ったのかもしれない。頬が赤くなっている。最近、顔が少し小さくなった気がする。今、鏡で見の中にいる顔は、確かに美人だ。でも、そんなことが、あるなんて、、手紙を読んで少し動揺してしまった。そして、ちょっと嬉しくなった。
手を冷たい水で流して、ハンカチで拭いて、そのハンカチで顔を覆う。冷たい感触の中で二か所だけ暖かい。
涙がひいてから、テーブルへ戻った。
「立木さん、立木さん宛ての手紙読ませてもらって、ありがとうございました。」
「いや、こちらこそ、届けてもらって、どうもありがとう」
「乾杯しませんか?」
「え、はい。美恵子さんに乾杯だね」
「乾杯」
森山さんは、手紙を読みながら表情が変わっていった。そして読み終えると急いでトイレに行ってしまった。戻ってきた時の森山さんを見て、ハッとした。こんなに美人だったんだ。トイレで少し泣いたのかもしれない。目は赤くなっているけれど、さっきまで森山さんが付けていた鎧を脱いだように軽く明るい表情になったような気がした。
そして、森山さんは、乾杯のあと、ぼそりと話しはじめた。
「私、、、お店の真ん中にレモンの樹がある喫茶店知ってるんです」
「え、手紙の中にあった美恵子さんの昔の旦那さんのお店?」
「はい。確かに神田にありました。小さい頃、何度もお父さんと行った事を覚えてます」
「そうなの? すごい偶然だね」
「それ、、私のおじいちゃんのお店かもしれない、、、」
「え?どういうこと?」
「私のおじいちゃんは、神田で喫茶店を経営していて、そのお店の真ん中にレモンの樹があって、いつもレモンの実がなっていたんです。お父さんに連れられて、、、お母さんも一緒に行ったことがあったけど、、、小さいころ良く行って、おじいちゃんからアイスクリームを食べさせてもらっていました、、、、それに、私のお父さんは、顔に、子供の頃に怪我した時の傷があるんです。」
「じゃあ、、」
「ミーコおばあちゃんは、私の本当のおばあちゃんだったみたいです。今から考えるとミーコおばあちゃんは、私が本当の孫だってことを知っていたんだと思います。」
「美恵子さん、すべてを知っていて、僕らを逢わせたのかもしれない」
「ええ。ばらばらになった線を繋げたかったのかも」
「うん。見事にあやつられちゃったね」
「立木さん、また会ってもらえますか?」
私は心の声のまま聞くことができた。
あとは、お父さんにも会いたくなった。明日、お父さんが好きなシチューでも作ってあげようかな。
お客さんが去って行ったお店はシーンと静まっている。エマおばさんは、店じまい前の掃除の時に、音楽をかけるときもあれば、今日みたいに、音楽をかけないときもある。音楽をかけない時は、たいがい何かを考え事をしている時だ。
それにしても、今日の二人の話しには驚いた。そんなこともあるんだなー。人生はわからない。だから面白い。でも、何かきっかけがないと動かないことがある。あの二人の人生は、これから動いていきそうな気がする。
「あの二人の人生は、これから動いていきそうな気がする」無意識に最後の言葉だけ口から発せられてた。
「そうね、お似合いかもね」エマおばさんが僕をみつめて話した
「あれ??僕がしゃべるの聴こえるんですか?」
「ちゃんと聴こえるわよ。マシュマロ君でしょ。たまに、あなたが一人でしゃべってるの聴こえてるわよ」
「人間に聞こえるなんて思っていませんでした。このマシュマロの中でも話せるマシュマロ、僕以外いないですから」
「孤独ね」
「はい。でも、今日の二人の話し聞いても、人間のつながりは、複雑でめんどくさそうですね。線が見えてたり、消えたり、からまったり」
「そうね。でも。そういう色々な繋がりがあるってことが 生きてるってことなのよ」
「まあ、それはそうですね。ところで、今日はもう音楽かけないんですか?」
「ん?何か聞きたいの? どんなのがいい?」
「あの二人に送る曲がいいかな。何かいいのあります?」
「それじゃ、私の大好きなこの曲で! マシュマロ君、聞いたらお店しめるから早く寝るのよ!」
エマおばさんに、僕の声が届くとわかって、びっくりした。でも、すごく嬉しい。
お店には、エマおばさんが大好きといっていた曲 いきものがかり の「ありがとう」が流れている。
エマおばさんのお店はひっそりと夜を迎える。
マシュマロ君 「手紙」 おわり
老人向け大きい字の読み物です。ご活用ください。
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