最近、あまり読書が進まないのですが、今のんびりとドイツのベルンハルト・シュリンクっていう人の「朗読者」っていう小説を読んでます。最初、甘いラブロマンスかと思っていたら、結構、シリアスな内容で久々にきちんとした小説を読んでいる感じになります。作者がうまいのか、訳者がうまいのか、わかりませんが、文章うまいなーと思います。薄めの本なので、お薦めです。
今日は、愛しき人への5です。お楽しみください。
音楽は、小説を映像化したら、どんな曲が合うかなって思いながら選ぶのですが、今回は、あまりそこにこだわらず、なんとなく聞きたくなった、なつかしい3曲を載せます。
都会の夜に合うChristpher Crossの「Arthur’s Theme」。しいていえば、小説の中にでてくる広尾の街の描写でこの曲がかかるといいかもしれません。これは、アメリカで、今でもラジオでよくかかっています。ニューヨークのSoul Songになってますね。前回書いたマシュマロ君の舞台も 本来はニューヨーク マンハッタンの片隅のお店でした。書きながら舞台を日本に替えちゃったので、また、いつかマンハッタンを舞台にした小説を書いてみたいなと思っています。
今日は3曲と書きましたが、Soul Songということで、もう一曲追加したくなっちゃいました。4曲載せたいと思います。中国の四川省に成都(せいと。中国語読みでCheng Du)という都市があります。そこのSoul Songである「成都」という曲が、なんとも味わい深く、友達とお酒を飲むとみんなで歌いたくなる曲です。小説の中で酒造メーカーのCM映像の話しがでます。今回の小説で書いているCM映像には合いませんが、この曲で30秒のちょっと長めなお酒のCMを作るといい作品ができそうです。
3曲目(本来の2曲目)は、Boz Scaggsの「You can have me anytime」。愛しい人へ4の最後、部屋から夜景を眺めるシーンは、こんな曲がお似合いかなと思います。
最後に4曲目。これは、Youtube見てるうちに、なんだか懐かしくなっちゃって、入れちゃいました。Joe cocker と Jennifer Warnes の 「Up where we belong」です。リチャード・ギア主演の映画、「An Officer and a Gentleman(邦題: 愛と青春の旅立ち)」の曲ですが、今見るとリチャード・ギア若いですね。それにしても、英語の題名と日本語の題名がずいぶん違います。英語の題名を、そのまま日本語訳してたら、あんなに売れなかったかもしれませんね。
それでは、音楽と「愛しき人へ 5」、お楽しみください。
巻末の大きな字の読み物もご活用ください。
あと2ヶ月で35歳を迎えるイクミは、小さな映像制作会社の社長をしている。社長といっても、この 会社は学生時代に遊び半分で仲間と始め、現在も、まだ従業員8人ほどの小さな会社である。イクミ 自身は 27歳の時に映画制作の勉強をするためにアメリカに渡り、3年前、32歳の春に日本へ戻ってきた。イクミがアメリカにいる間も、会社は細々と続けられていて、その間のイクミは、海外から簡単な指示を出すだけの名目上の社長であった。日本に残った出来の良いスタッフ達のおかげで、幸いにも 不在の間、仕事がときぎれることはなかった。企業や個人の映像制作サポートやWEBコンテンツ制作などを中心におこなっていたが、イクミが帰ってきてからの3年間は、それに加えて、本格的にCMやMVの仕事を増やしていった。イクミの作り出す映像は、美的センスにすぐれ、上品で斬新だったことで、また、イクミが社交的で温厚な性格だったことから取引先の評判も良く、業界が注目する会社に なりはじめていた。帰国した当初から、社長でありながらディレクターとエディターも兼任して忙しい毎日を送っていた。
イクミのオフィスは、広尾の公園わきの坂道をだらだらと登りきったところにあるレンガ色のモダンな五階建てのビルで、そこは東京の中心にいることを忘れさせてくれるような緑と静けさに包まれている。イクミが帰国する一年前に突然両親から、彼らの仕事と生活の拠点を海外に移すことを告げられた。前々から話しにはでていたが、まさか本当に日本を捨てて海外に移住するとは思っていなかった。実家を売るか、アパートに建てかえて賃貸するかの相談を受けた時、イクミは、日本へ戻る事を決意 した。ハリウッドでの仕事も、そこそこ順調であったし、人脈も徐々に広がってきたところなので、 アメリカで仕事を続けたいという気持ちは強かったものの、一方では、そろそろ日本へ戻って自分の 会社の経営に没頭して、きちんとスタッフの面倒を見る責任があるのでは、と悩んでいた時期でもあったので、これが日本へ戻る決断をする良いきっかけになった。
金銭的にはかなりの負担ではあったが、両親に家を建て替えてオフィスを作りたいという希望を伝えたところ、母からは、賃貸も加えることで、改築費用の返済の一部を安定的に得られるようにしたほうが良いとのアドバイスをもらい、父親は、あくまでも一つのベンチャー企業へ出資をして、株主として 将来の見返りを期待するということだからな、といいながら、出資を申し出てくれた。株式取引上問題ないことを確認して、最終的にこれが背中を押す結果となり、大きな投資に踏み切ったものだった。
ビルの一階から三階には、2つの映像スタジオと1つの音響スタジオ、4つの編集室や会議室があり、 四階、五階は外国人向けの賃貸コンドミニアムを備えている。五階にはイクミの住居と社長室が含まれている。イクミの仕事場は、主に下の編集室で、重要な顧客を招き、打ち合わせをする以外は、この 社長室に足を踏み入れることはなかった。飾り気のない、ゆったりとした社長室に比べて、日常的な 作業場となっている編集室は、色々な機械が効率的に並べられたカラフルでおしゃれな作りだった。 ハリウッドでの経験から、質の高い映像を作り出す機器の選択がされており、部屋自体も、壁やライティングにこだわった上に、プロジェクションマッピングやレーザー光線で壁の装飾をほどこすなど、いろいろな工夫がされている。部屋を見学したいという顧客も多く訪れていた。
その年の冬は、いつもより早く訪れたように感じる。
まだ10月半ばというのに、冷たい空気が、街並みをグレイに染めていた。街路樹が冷たい風に揺れ、コンクリートの上に夏の街を彩っていた美しい葉を無残な形に変え、落としていった。
季節を先導するものは、いつの時も風だった。
街を歩く人々は、その移り変わりを敏感にとらえ最新のファッションに身を包み、足早に歩いていた。ただ、その冬のイクミは、そんな季節の移り変わりに全く気づいてなかった。外に出て、その冷たい風を感じれば気づいたのだろうが、この2, 3週間ずっと作業場に閉じこもって某酒造メーカーのCMを 完成するために、世間から隔離された生活を送っていたためだった。クライアントである酒造メーカーが、彼らのライバル会社の新商品の突然の導入とその好調な売り上げにより、急遽自分達の新商品の 導入を3ヵ月も前倒しすることを決定して、CM制作スケジュールを大幅に早めることを要求してきたことが、すべての問題だった。さらに、担当の広告代理店が、大企業にありがちな高慢な態度で、何から何まで、彼らのイメージを押し付け、イクミが自由に創作活動できないことで余分な時間を費やさせていた。彼らのイメージを曲げずに、イクミの感覚で15秒と30秒の中にドラマを演出するのは並大抵の苦労ではなかった。
暗い、しかし宇宙船のコックピット思わせるような近代的で神秘的な編集室の真ん中に座って、明るく点滅するいくつかのスイッチの中から慣れた手つきで、その一つを選び出しリズミカルに押すと、 イクミの目の前の大型モニターの中で、若い少女のモデルが舞った。透き通るような白い肌の肩の あたりから一筋の雫がたれ落ち、朝の光に光っている。
このところ、朝から晩までモニターの中のこの少女に付き合っているせいで、彼女のほくろの位置まですっかり覚えてしまっていた。彼女の満面の笑顔は、きわめて明るく無邪気なあどけない16歳の少女を映し出していた。しかし、イクミは、それは彼女自身の演出によるものであり、単なる作り物であることに気づいていた。小悪魔的に緩んだ口元と男を誘い込むような目線は、普通の16歳が持ち合わせているものではなく、すでに十分に熟された女だけが持ち合わせている性の香りを匂わせていた。この子はもう処女ではないだろう。今この瞬間も、彼女がいる一種独特な業界に潜む悪魔たちと激しく抱き合っているのではないだろうか。夢を手に入れるためにそれを愛だと自分に言い聞かせている彼女の心が画面を通して感じられた。いや、それは自分の思い上がった想像かもしれない。そんな考え方をするのは、日本をしばらく離れているうちに、若い感覚を失ってしまったせいだろう。あるいは、“あの” つらい別れのせいかもしれない。もしかすると、この子たちはそんな感覚を持ち合わせていないのかもしれない。時代は変わっている。イクミの心の中で、この画面の少女があのホテルでの彼女の映像に 変わり、そして次にミイナの神秘的な笑顔にに変わっていった。その映像を払い捨てられないまま、 テーブルの脇に立ててある鳴らない携帯を見つめた。 このところ、忙しく仕事に没頭していてミイナと連絡を取っていなかった。そして、ミイナから連絡が来ることもなかった。
「どうしたんですか?ぼんやりして」とふいにスタッフの一人が声をかけてきた。イクミは一瞬不意をつかれ、今考えていた事を知られるのではないかと、恥ずかしさがこみ上げてきた。
「あ、いや、なんでもない。ごめん。ちょっと考え事してたんだ」
「そうですか。ところでこのシーンどうします?」 彼がそれ以上何も尋ねずに仕事に戻してくれた ことをイクミは心の中で感謝した。
「うん、タイトルがスクロールするもう 7フレームぐらいディレイさせられないかな?」
「7フレーム ディレイさせるとタイトルエンドがシーン5に入り込めますよ」
「タイトル自体のフレーム数を縮められない?」
「駄目です。代理店の要求するタイトル デュレーションに足りなくなっちゃいます」スタッフの若者がきっぱりとした口調で言った。
「またそれか、あの人たちにもまいったもんだな」
「今のままで、ほぼ要求を満たしているし、出来ももいいし、この辺で完成としませんか?」
「いや、あと3日あるから、もう少しやろう。どうも良くないんだ。何が気に食わないのかうまく説明できないけど、やっぱり良くない。気に入らない作品は世の中に出したくないんだ、、、ただ、今日はこの辺にして解散しよう。何日も徹夜続きだし、こんなにつかれていたら、あまりいい考えは浮かんでこないと思う。どうだい?」
「賛成。僕、コーヒーいれますよ。コーヒーで乾杯して明日一からやり直しましょう」
「オッケー、サンキュー。ほかのみんなも残ってるの?」
「ええCGの女の子たちと、スタジオでも、明日の撮影の準備してると思います」
「みんな呼んでおいでよ。もらったクッキーとかあるはずだよ」と言ってイクミは部屋のライトを点けた。真っ暗だった部屋が一緒にして明るくなり煩雑に並べられた資料の束を照らした。その横には、 たばこでいっぱいになった灰皿と、くちゃくちゃの紙コップがいくつも並べられて、この数日間部屋の中でおこなわれた悪戦苦闘の数々の場面を思い起こさせた。
静けさを取り戻した室内は、人間達の支配からやっと解き放たれた機械たちの息遣いだけが聞えた。 ハードディスクの音 スイッチの点滅、すべてが彼らの呼吸であり、待ち望んだ安らぎの夜が近づき つつあることに安堵しているようだった。
相変わらずモニターの中の少女はイクミを見つめていた。
コーヒーの香りを部屋一面に匂わせながら若いスタッフが戻ってきた。
「社長、はい、コーヒー。それと今、外から電話入ったそうです。社長の携帯、全然つながらないから会社に電話したって言ってました。」
「誰だい?こんな時間に」時計を見るともうすでに夜十時を回っていた。
「三上さんっていう男の人です」 続いて入ってきた、CG担当の若い女性が答えた。白いTシャツの 胸の膨らみを隠すように束ねた髪の毛が揺らいでいる。スタッフの間でも人気がある美しい女性である。
「なるべく早く携帯に連絡くれって言ってました」
「わかった。三上って、小説家の三上モリオだよ。知ってる?」
「え、あの直木賞の? 私、結構ファンですよ。知り合いなんですか?」
「うん。学生の時からの親友なんだ。印税が入ったら豪華におごるっていったまま、一度も御馳走に なってないから、そのお誘いかな?」
「へー、そういう知り合いだったんですか。直木賞の作品は 読みましたよ。あれ、名前なんでしたっけ」男性のスタッフも興味深げに会話に入ってきた。
「本能のままに生きる男たち。でしょ。私好きだったな」と女性スタッフが答えた。
「あれ、結構、実話が入ってるんだよ。あいつ、最初それを実名で書いてたんだよ。原稿の段階で見せてくれたから、みんなで書き直させたんだけど」
「へえー。社長の話しもでてるんですか? どれが社長だったんですか?」
「内緒、内緒。じゃ、ちょっと電話してくる。明日は、朝10時に集合しよう。大丈夫? それじゃ、おやすみ。仮眠室で寝てもいいし、帰るんだったらみんな気を付けて帰ってね」イクミはそう言って 部屋をでた。
社長室にあがると、大きな窓から美しい夜景がみえる。イクミは灯りをつけてソファに腰をおろし、 おもむろに携帯のボタンを押した。
愛しい人へ6 へつづく
大きな字の読み物です。お年寄りの患者さんに読む機会を増やしたいと思っています。今は、ありものの流用ですが、いずれ、きちんとしたものを作って配信できる仕組みを作りたいなーと思ってます。
こちらも、翻訳等必要でしたら、ご活用ください!
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