憲一  前編

小説

バタバタして、なかなかブログを更新できませんでした。久しぶりの更新です。今回、タイトルを変更しました。もともと、老人の患者さん向けに大きな字の読み物を届けたい、と思いはじめたブログですが、患者さん向けの大きな字の雑誌を作ることは、対象の方々それぞれの趣向があり、一つのものでカバーするのは難しく、方法を見直すことにしました。なので、このブログではタイトルを少し変更して、引き続き小説等を届けたいなと思います。

「愛しい人へ」の第二章も終わっていませんが、とりあえず、今日は、短編「憲一」の前編です。

音楽は Procol Harumの「A Whiter Shade of Pale」(プロコル ハルムの「青い影」)です。この短編の全体のトーンはこの曲の感じ。そして、「僕」が「憲一」といる時には、 Elton Johnの 「Your Song」。今回はLady Gagaが歌っている「Your Song」を載せました。特別Lady Gagaが好きというわけではないですが、この人がこの曲を歌うと何か伝わるものがあります。


憲一  前編
Procol Harum – A Whiter Shade of Pale, live in Denmark 2006
Lady Gaga – Your Song (Elton John GRAMMY Salute) (Rehearsal) (January 29th 2018)



やっちゃんと目が合う。ボール来るかな、って思ったけど、やっちゃんは今井君にボールをパスした。僕は、さっきからライン際を行ったり来たりしているけど、ボールには触れられない。たまに僕の近くにボールが来ると、すかさず長野君がボールを奪い去って走って行ってしまうからだ。だから、僕は 長野君の居ないところに動く。そうすると、どんどん、みんなから離れて、端っこで僕一人になる。 遠くで一人離れて走りながら、みんながボールを蹴っているのを見ているだけになっていく。

僕もみんなのところにいかなくちゃと思って、ゴールの近くまで走っていく。パスは来ないので、 ボールを追いかけて突進していく。もう少しのところで、誰かに押されてころんでしまった。舞った 砂の間から青い空が見えた。

「おまえ、邪魔なんだよ。こっちにはいってくんなよ」

長野君が僕に言った。

「そうだよ。お前、ライン際担当だって言っただろ。勝手にこっち来るなよ」今泉君も、ユージ君も同じことを言う。

立ち上がる時には、もう、みんなボールと一緒に動きはじめている。やっちゃんだけ、一瞬、近くに立って困ったように僕を見ていたけど、またボールに向かって走り出してしまった。

僕はまたライン際にもどって、走った。遠くのボールの動きに合わせて行ったり来たり。でも、もうこっちにボールが来ることはなかった。今泉君のゴールが決まったみたいだ。 ゴール前でハイタッチしてみんなで盛り上がってる。

僕は心の中でハイタッチした。

少しすると、スピーカーからいつもの音楽が流れてきた。一日の終わりの音楽に、なんでこんなに悲しい曲を選んだのかなと、いつも思う。空は少し赤みを帯びてきていた。

遠くから長野君が僕に向かって叫んだ。

「山岸、ボール片づけておいてよー!」

というと、ボールを僕と反対の方へ大きく蹴りだした。ボールは転がりながら校庭の向こうにある湖の手前の茂みまで転がっていった。僕は、ボールを追いかけた。長野君に声をかけられて少し嬉しかった。無視されてるわけじゃないんだ。ボールを追いかけて走ると、ボールが茂みの木の下に入っていった。茂みまで到着すると、腰を落として茂みからボールを取り出した。この茂みのおかげで湖にボールが落ちることを防いでくれている。振り返るとグランドには、もう誰もいなかった。グランドは何もなかったように静まりかえり、校舎が夕陽でオレンジ色になっている。僕は、教室まで行ってボールをいつもの場所に片づけてから学校をでた。

学校をでると、すぐに湖が見えてくる。春採湖という名前の湖で、一周するのに二時間程度の小さな湖だ。その脇を通って左に曲がると坂がある。その坂を上りきったところのスーパーの近くに僕の家がある。そして、その坂より手前を少し入っていった道に、憲一の家がある。憲一は、白い犬で、図鑑で見たら、たぶんスピッツっていう犬なんだと思う。ただ、毛は図鑑の中の白い犬ではなくて、薄汚れて灰色になっていた。

少し入り組んだ道を歩いて行くと、すぐに憲一の家に着いた。

憲一は庭先で鎖につながれて横たわっている。憲一の横にはぼこぼこになって形の変わってしまった金属の洗面器が置いてある。憲一は、このお皿でご飯を食べている(のだと思う。実際、憲一がご飯を食べているところは見たことがない)。庭の奥には黒い木の薄い板でできた古い家がある。ガラスが割れてセロテープが貼ってある窓があって、その下には、お酒の瓶がたくさん捨てられている。この辺りでは一番古い家なのかもしれない。家の扉の前には「高橋」っていう手で書いた紙が貼ってある。「高橋」っていう字は、もう学校で習ったので読むことができる。

憲一の本当の名前はわからないけど、「高橋」っていう家だったら、なんとなく名前は憲一なんじゃないかなと思って憲一と呼ぶようになった。家の人には会ったことがないので、本当の名前を聞くこともできない。

今日も憲一はいた。近くに寄ると、横になっていた体を持ち上げておすわりの形になった。僕はいつものように憲一の横に座って、憲一の頭をなでてあげた。

「今日は、元気だった? 僕今までサッカーしてたんだよ。

いっぱい走って活躍したよ。憲一に見せてあげたかったな。

サッカーってボールをバンバンって蹴ってね、ゴールにシュートするんだよ。ゴールすると、みんな喜んで一緒にハイタッチするんだ。みんなでやって、すごく楽しいんだよ。

憲一はずっと一人で寂しくない? 今日も一日ここにいたんでしょ。」

憲一は、僕が話しをすると、僕の方は見ないで、まっすぐ前を向いてじっと話しを聞いてくれる。話し終わると、「それでどうしたの? もっと話して」って言っているように憲一は、首を回して黒くて丸い目で僕の方を見つめてくる。

「憲一、首輪ちっちゃくて、きつそうだね。鎖、重いから首疲れるでしょ。肩もんであげるね。」

僕が首のあたりを押してあげると、憲一は、また横になって気持ちよさそうに目を閉じた。

「憲一は、つながれてて、かわいそうだね。春採湖の回りを散歩したことある? 今、花が咲いてすごくきれいなんだよ。湖の向こう側には秘密基地があるんだって。長野君が言ってた。でも、僕はまだ背が低いから、秘密基地には入れないんだって。早く大きくなって連れてってもらうんだ。」

憲一は、また、お座りの体勢にもどって、ぶるぶるっと体をゆすった。憲一の白い毛と埃が舞い散った。

「今日はね、学校ではあまり面白いことなかったけど、音楽の授業ではじめて笛を吹いたんだ。家帰って練習しないといけないから、そろそろ帰るね」

憲一の頭から肩のあたりをなでて、僕は立ち上がった。


家に帰ると、おかあさんが夕食の準備をしていた。

「ただいま」

「おかえり。手ちゃんと洗ってね ご飯前に宿題やっちゃいなさい」

「うん」

宿題を終えて部屋から出ると夕食が準備されていた。

いつものように二人分だけ。お父さんは、仕事から帰ってくるのが遅いので、食卓はお母さんと僕のご飯だけが並べられている。

「学校大丈夫?」

「え?」僕は意味がわからず、聞き返す。また、お母さんの口癖がでた。お母さんは、何でも“大丈夫?”という。

ご飯を食べれば、“大丈夫?”という。ご飯、食べれる?という意味らしい。ご飯は自分で食べれるし、味が多少悪くても食べることはできる。ご飯を箸で食べる時も“大丈夫?”という。箸使って食べれる?という意味らしい。当たり前にできることに、なんで大丈夫?なんて聞くんだろ。外に遊びに行こうとすると“大丈夫?”という。外で遊んで風邪をひかないか?という意味らしい。大丈夫?と言われても、外に行かないことには遊ぶことができない。買い物頼まれたときも“大丈夫?” 頼んでおきながらな、なんで大丈夫なんて言うんだろ。僕は、お母さんの“大丈夫?”を聞くと、とても情けなくなって不機嫌になる。あたりまえにできることに、全部“大丈夫?”と聞いてくるからだ。

お母さんの“大丈夫?”を聞くと、もしかすると僕はおかあさんの子供じゃないからなのかも、と思ったりする。それに、僕は、他の子供と違って頭が弱く生まれちゃったのかもしれないとも思う。おかあさんは、僕が勉強してもみんなみたいに頭が良くならないことを知っていて、それで、赤ちゃんを扱うように僕を扱っているのかもしれない。

”大丈夫?”と言われると、自分がいらない人間のような気がしてくることもある。”おまけ”でできた人間。人間じゃなくて、人形のような気がしてきて、胸がすごく苦しくなる。“大丈夫?”と聞かれると、もう、固まってしまってしまう。

「学校は、大丈夫?」

「うん。学校は大丈夫」

僕は学校の何が大丈夫と聞かれているのかわからないので、またイライラしながら、一番、無難な答えをした。大丈夫と言われると、体のすべての管が縮んじゃうような気がして食事も喉を通らなくなってしまう。


「憲一  後編につづく」


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